
兵庫で生まれ育ち、長崎の大学に通っていました。当時は本気で中学・高校の先生になろうと思っていました。教員免許も取りましたし、民間企業への就職は、正直これっぽっちも考えていなかったんです。そんな私の考えを変えたのは、教育実習でした。夜遅くまで必死に指導案を練り、部活も全力で指導する。でも、生徒が興味を持ってくれなければ授業は成立しない。「これだけ準備しても、報われないこともあるんだ」。そんな現実に直面したとき、教員という道に少しずつ違和感を覚えるようになりました。
進路に迷っていたとき、大学時代のバイト先の先輩から「うちを受けてみたら?」と声をかけてもらったのが、田村ビルズグループとの出会いでした。当時は、地元に近い関西の企業をいくつか受けていて、山口の会社はここだけ。でも、最終面接で社長の話を聞いたとき、その言葉の力に圧倒されたんです。「ここなら、自分を変えられるかもしれない」直感を信じて、縁もゆかりもない山口での挑戦を決めました。
入社して一番きつかったのは、仕事の内容そのものより、「スタートラインにすら立てない時間」でした。
僕が配属された店舗では、「てまきチラシで月5件の反響を鳴らさないと営業デビューできない」というルールがあります。ロープレ試験(実際の業務場面を想定し、複数人で役割を演じ分ける模擬練習)には受かっているのに、肝心の反響が取れない。月に1万枚のチラシを配り歩いても、反響がゼロなんて日も珍しくありませんでした。
「どうすれば鳴るんだろう」と考える余裕もなく、ただがむしゃらに足で稼ぐ日々。気づけば、同期の多くが現場に出て活躍している中、ようやく営業デビューできたのは11月になってからでした。あの時の焦りは、今でも忘れられません。
でも、あの「営業ができなかった半年間」があったからこそ、今の自分があります。「1件の反響」がどれだけ重く、ありがたいものか。 今、商談で大切にしているのは、単に「買ってもらうこと」ではありません。お客様が「この道を選んでよかった」と心から思える最適な結論を出すこと。たとえそれが「今は買わない」という選択でも、お客様の迷いがなくなるまで徹底的に向き合い切る。それが、あの苦労を知っている自分の役割だと思っています。

お客様から「藤本さんにお願いしてよかった」と言ってもらえるのは、やっぱり何よりうれしいです。でも、最初からそれを目指しているわけではありません。数千万円という、人生で一番大きな買い物を、25歳の私を信じて決断してくださる。そのお客様の覚悟を目の当たりにすると、「この想いに、絶対に報いたい」という気持ちが自然と湧いてくるんです。
もし私が、数字やインセンティブだけを追う会社にいたら、こんな風には思えなかったかもしれません。「お客様が本当に幸せになれるか」を真っ直ぐに考えられる環境があるからこそ、今の姿勢でいられるのだと感じています。
好きなフィロソフィは、【自分の能力を未来進行形でとらえる】です。
私は現状維持が嫌いです。難しい案件であればあるほど「やってやろう」と燃えるタイプ。一歩先、二歩先の自分を想像しながら仕事をすることが、成長への近道だと信じています。
今月からはスモーラへ異動して、福岡という新しい土地での挑戦が始まります。「藤本さんなら任せて大丈夫だ」と、一日でも早く周囲に認めてもらえる戦力になりたい。緊張もありますが、今は楽しみの方が大きいです。
Epiloge
いかがでしたか?大学の先輩からのご縁があり、そして同期の中にも同じ大学から同じ会社に偶然就職したという面白いエピソードを聞くことが出来ました!数ある企業から偶然同じ企業を選ぶという奇跡…。次は今回のインタビューに出てきた”アルバイト先の先輩”です!お楽しみに⭐️
田村ビルズグループ 広報
佃屋 七星 / Nanase Tsukuya
1999年生まれ山口県出身。新卒1年目から広報を担当。田村ビルズグループの魅力を発信し、ファンになってもらえる情報をお届けしていきます♪