HISTORY

田村ビルズグループの歴史

明治12年創業、140余年つづく老舗企業。そう書くと、安定企業と思われがちですが、実態はその逆です。
山口県長門市で創業以来、変化し、挑戦し続けてきたからこそ今の田村ビルズグループがある。
5代目、田村伊幸へのインタビューをもとに歴史を振り返ります。

  1. 1879 田村伊右エ門、食料品店として田村屋を創業

    はじまりは、商売に惹かれた農家の息子のわがまま。

    創業者の田村伊右エ門は、農家の息子でした。しかし農業ではなく、どうしても商売をやってみたいと、明治12年、勘当覚悟で商売を始めたと聞いています。そのスタートアップはなんと「こんにゃく」の製造販売。これが食料品店「田村屋」のスタートでした。

  2. 1892 田村商店に改名

    モノが足りない!社会のニーズを受け生活必需品販売へ。

    3代目の田村三左エ門から、私の祖母である田村幸子が4代目となり女性経営者として当時の「田村商店」を切り盛りしていました。その当時はセメントやブロックなどとともに、鍋や茶碗、練炭、塩という生活必需品を取り扱っていたようです。実は両隣も同じような商売をしており、同業者が3軒並んでいても商売が成り立つほど、需要があったのですね。

  3. 1972 田村建材株式会社設立

    時代の風を追い風に、建材販売へと事業をシフト

    昭和の高度成長期、住宅の建設が盛んにおこなわれるようになり、それに合わせて5代目である父・田村伊晨が「建材屋」へと生業(なりわい)を変化させていきました。法人化を経て多店舗展開を始め、長門萩地区に4店舗の店を構えていました。

  4. 1996 環境リサイクル事業スタート

    震災が、人生を変えた。

    東京の大学を卒業後、大阪の経営コンサルティング会社で働いていた私の頭には、田村ビルズグループを継ぐという選択肢はありませんでした。考えが変わる契機となったのは、1995年の阪神淡路大震災です。震災3日目、まるで戦争映画のような焼け野原を6~7時間かけて歩いたときの記憶は今でも忘れられません。ひとり歩きながら「山口に帰って、廃棄物や環境に関わる仕事をしよう」と決心しました

  5. 2003 タムラエンバイロ株式会社設立
  6. 安定型の最終処分場保有

    2006 有限会社キャロットたむら 設立

    新卒採用スタート 経営理念の浸透と新卒採用。それがすべての始まりでした。

    当時、専務として会社の将来を憂い、大方の反対を押し切って新卒採用に力を入れました。優秀な若手を採用し、不動産事業を新規に立ち上げ、経営理念の浸透にも多くの時間を割きました。時には狂ったように没頭していました(笑)。しかし、あの時の選択は間違っていなかったと感じています。

  7. 2009 田村伊幸、代表取締役社長に就任
  8. 2014 株式会社たむらホールディングスを設立
  9. 2016 盛和塾世界大会で登壇

    5,000人の経営者を前に。

    稀代の名経営者として知られる稲盛和夫氏を前に、経営者としての方向性を確認し、また新たにその思いを決意する場となりました。

  10. 2017 田村建材株式会社を株式会社田村ビルズに社名変更
  11. 2019 山口本社新社屋を建設
  12. 2019 株式会社山口住宅 グループ入り
  13. 2020 株式会社ふたば不動産 グループ入り
  14. 2022 株式会社エコハウス グループ入り
  15. 2022 株式会社たむらホールディングスを株式会社田村ビルズグループに社名変更
  16. 2023 株式会社アービックマネジメント グループ入り
  17. 九州進出の第一歩

    2023 福岡大名ガーデンシティに福岡本社新設(山口本社との2本社体制)

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